ミニマリストの小宇宙

ミニマリストの小宇宙

minimalist's microcosm

趣味は個人的なもの。人と比べる必要も、誰かに認めてもらう必要もない

 

ブログは好きなことを書いてるだけだし特にがんばっていない。書かない日もある。

ウォーキングも、歩きたくなったときにふらっと出かけるだけだ。

ブログもウォーキングも、はじめた頃は毎日続けようとがんばっていた気がする。

読書もそうだ。毎月20冊は読もう、とか、無駄にがんばっていた。

 

いつのまにか全部「好きでやってるだけ」になっていた。

これはたぶんいいことだと思う。

以前は、誰に強制されたわけでもないのに、自分で自分にルールやノルマを課し、勝手に苦しくなっていた。

もはや意味がわからない。真面目なタイプは、こういう罠に陥りやすい。

 

量は求めない。

自分に強制しない。

ただの趣味に、変な使命感はむしろ毒だ。

一度やめてみると、本当にやりたいことかどうかわかる。

 

現在は、書くことだけでけっこう満足していると気づいたので、書いても公開しないこともある。

書いた時間が無駄とは思わない。公開を目的としないけど書く、正真正銘の遊び、趣味なのだ。

無理に更新しなくていいと思っている。

 

ウォーキングも、飽きたら10分で帰ってきたりする。

それでも、リフレッシュするには十分だ。 

 

興味が持てない本を無理に読み進めることもしなくなった。

今は読むべきときではないのだ、と受け入れる。

(・・・なんて言うとかっこいいですが、単に私の頭が足りないだけです)

電子書籍は、途中で放棄することへのハードルが低い。

本を置いておくと、目に入るたびに「読まなきゃ・・・」とストレスを感じるので、どうしても読む気がしなければ読了しないで手放したりもする。

ずっとストレス抱えてるよりはるかに健全だ。

 

好きでやっていることなのに、「趣味」という自覚が生まれると、こじらせることがある。

読書が趣味って言うためには〇冊は読まなきゃ、とか、映画好きなら〇〇は見ておかなきゃ、とか。 

 

趣味は個人的なもの。人と比べる必要も、誰かに認めてもらう必要もない。 

 

見栄、使命感、自責、劣等感、優越感。このような毒は抜いて、純粋に楽しい部分だけ享受したい。

 

趣味は、やりたいからやるもの。

つまり、「やらなくてもいいこと」なのです。

 

私が「毎日、何の苦もなくやっている」趣味は、インターネットぐらいなものです。

(インターネットが趣味、という自覚がある人は少ないと思いますが)

趣味の時間を確保したいけど、ついネットを見てしまう。という方、 インターネットを見ることも趣味であると認識すると、罪悪感が減りますよ。