ミニマリストの小宇宙

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ミニマリストの小宇宙

minimalist's microcosm

「ミニマリスト」という消費。記号ゲームは続いている。

 

「ああ、YOSHIKIは世界に絶望して髪を立てているのね。素晴らしいわ。」

 

誰も自分をわかってくれない、という主張が共感を集める。

それは、自分とよく似た者たちだけの小さなコミュニティだから成立するのであって、

多くの人々が喝采で迎えたら、本人は矛盾に苦悩することになるのだ。純粋であればあるほど。

 

「ミニマリスト」って言うのが嫌になった

大量消費やブランド志向、もっと新しいもの、もっといいもの、もっと人と違うもの、エンドレスな記号ゲームから降り、自分にとっての必要のみを求めていたつもりが、いつのまにかミニマリストそれ自体が記号、すなわち、消費対象となる。

ミニマリストはもはやカウンターではない。消費ジャンルのひとつだ。

本人は「人とちがう個性的なファッション」のつもりでも、他人から見ればよくいる「個性派系」。それすらもカテゴライズの枠内。流行に流されず自分の感覚を大事にしよう、という流行。何かをやめてみても「脱〇〇系」でしかなく、枠を出たところで別の枠に吸収されてしまう。けっきょく、記号ゲームは続いている。

 

ミニマリストなんて言ってるとなんか勘違いしそうになるから怖いと思う

人から褒められたり「ファンです」なんて言われたり出版社から取材依頼が来たりなんかして。そんなたいそうなものではありませんよ。少なくとも取材の方は明らかに「ミニマリスト」という言葉の力で、そうでなければありえない話。変な自意識を持たないうちに、このゲームを降りるのが賢明だろう。私生活はごく個人的なもの。

ミニマリストの「自称」は記号の消費そのもの。私はもう存分に消費した。十分すぎるくらいに。

生き方に名前など要らないと言ったのは、半年前の自分だったはずだが。

本来、生き方に名前をつける必要なんてないんですよね。
名前や定義を欲しがるから、こういうややこしいことになるのでしょうね。

「ささやかながら、反論をさせていただきます。」あらゆるミニマリストの皆様へ。ミニマリストを批判したい方へ。そして、意識高い系のミニマリズムにちょっと疲れてしまった方へ。 - ミニマリストの小宇宙

 

 

追記

言及いただきました

僕には「ミニマリスト」という記号は不要。「ミニマリズム」という価値観があればいい。 | ゆとりな人生ゲーム「年100万円生活」

 

その後の記事です

「ミニマリストって言うのやめます」 にあたり