ミニマリストの小宇宙

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ミニマリストの小宇宙

minimalist's microcosm

自分の人生を左右した1冊の本と、自分の人生を左右した1枚の札は、たいてい手元にはない

 

本を手放しても、その本を読んだ経験は残る。

本を読んだあとは、「その本を読んだことがある」人生に変わる。

(その本を読んだばっかりに、というケースも含む。) 

 

電子書籍だからといって無尽蔵にとっておくことはしない

本を電子化して手放す、というのはよく聞くが、「電子書籍を手放す」という話はあまり聞いたことがない。電子書籍なら場所はとらないかもしれないが、もしかしたら読むかもしれない大量の本をすべてアーカイブして手元に置きたいというのは、情報への執着のように感じる。

私は読み終えた電子書籍のほとんどは削除してしまう。かさばるとかかさばらないとかは問題ではない。デジタルで場所をとらないことと、所有する必要やとっておく価値があるかどうかは別である。

 

電子化してもたぶん読まないし、そのデータもいずれ消したくなる

手放すときは、なにも残さない。電子化したら、そう遠くないいつか、そのデータを削除すると思う。その日まで、再び読むことは果たしてあるだろうか?

だから電子化はしない。無駄な労力に終わるのが想像できるから。日の目を見ない大量のデータを持つことは、全然シンプルじゃない。

非自炊系ミニマリストの「本」と「有限」の話

 

「本を読んだ経験」は電子化も譲渡もできないが、本を手放してもそれらが失われることはないし、かさばることもない。

 

自分の人生を左右した1冊の本と、自分の人生を左右した1枚の札は、たいてい手元にはないー