ミニマリストの小宇宙

ミニマリストの小宇宙

minimalist's microcosm

人が考えていることの95%は「昨日と同じこと」

このエントリーをはてなブックマークに追加

 

あなたが考えていることのほとんどは以前にも考えたことがある内容だ、というのを何かで見たのを思い出した。調べてみたら、なんと、95%は同じだという。

人間は、1日に6万以上のことを思考し、
その内95%は、昨日と同じことを考え、
更にそのうちの80%はネガティブな考えている。

http://miraigijuku.dosugoi.net/e798766.html

 

このブログとは別に、非公開のブログを書いている。つまるところただの日記なのだが、日記の体もなしていない雑文である。

そのブログを読み返すと、自分がいかに同じことを繰り返し考えているかよくわかる。

おそらく、このブログは私の5%の部分で、もうひとつの非公開のブログのほうは95%の部分なのだろうと思う。

だからこそ、5%のブログにはときどき自分でも驚くようなことが書いてあるのだろう。  

 

そして、非公開のブログの中にも、わずかではあるが自分でもハッとするようなことがときどきまぎれ込んでいる。

そういうものを見つけると、せっかくの「新しいこと」もすぐに忘れてしまうのだということを思い知らされる。忘れることが悪いわけではないのだが。

 

非公開のブログは毎日更新している。今日も同じようなことを書いている。しばらく時間が経ってから、以前に考えていたことを再び考えていることもある。

まったく成長していないような気もするが、「毎日同じことを考えている」ことに気付いてもいなかったときよりは、少しだけ成長しているのかもしれない。

 

雑文でもとにかく書いて、5%を浮かび上がらせるという行為は、砂の中から金を掬う作業を思わせる。

玉石混交とは言うが圧倒的に「石」が多いのだ。

何度も繰り返す日々の思考の中に現れる、新しい一瞬を掬いとる。

ちょうどそれは、砂の中の金がキラリと光って見えるような、一瞬の閃きのようなものかもしれない。

金塊だってこんなふうに小さな欠片を集めたものだと思うと、小さな思考の断片も馬鹿にできないと思う。

 

95%は同じこと、なんて言われると軽くショックだが、「そろそろ会社行く時間だな」なんていうのも全部「考えたこと」なのだから当然だ。

言い換えれば、似たような毎日の中で、それでもこれまでとは違うことを「5%も」考えているのだ。

 

言葉というのは不思議なもので、他人にとってはただの石でも、自分にとっては「玉」である場合がある。

非公開のブログは、金を掬ったあとの大量の砂のようだ。一見なんの価値もないように見える。 

しかしこちらにも、まだ少し砂金が残っている。だからときどき読み返す。 

私の場合は、なんでも自由に書ける非公開のブログがあることで、5%の新しい思考を多少は掬い上げることができているように思う。