ミニマリストの小宇宙

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ミニマリストの小宇宙

minimalist's microcosm

旬を過ぎた情報は捨てる。常に新鮮でいること

 

ミニマル化の手段としてよく用いられるのが「デジタル化」である。たしかにこれならばかさばらない。しかしわたしはデジタル化には懐疑的である。データ化して見た目がスッキリしても、実際には所有の形態が変わるだけだからだ。(部屋をすっきりさせたい、という目的だけであればそれでも十分な効果がある) 

電子書籍なら場所はとらないかもしれないが、もしかしたら読むかもしれない大量の本をすべてアーカイブして手元に置きたいというのは、情報への執着のように感じる。

かさばるとかかさばらないとかは問題ではない。

デジタルで場所をとらないことと、所有する必要やとっておく価値があるかどうかは別である。

自分の人生を左右した1冊の本と、自分の人生を左右した1枚の札は、たいてい手元にはない  

 

物質的に嵩が減れば良いというわけではないのだ。デジタル化しても、死蔵させるだけなら意味がない。減らしたいのは、データであっても同じこと。  

 

Amazonの欲しいものリスト

Amazonの欲しいものリストを「読みたい本」の備忘録代わりにしている。気になる本をどんどん追加していくので、気が付いたらすごい数になっていた。たまに思い出しては整理するのだが、見返したからと言って何か買ったことなどない。ひとつずつ「削除」をクリックし、ふと手を止める。

リストごと削除しよう。ここに入れた時点で、自分の旬はもう過ぎている。リストに入れると、「読みたい」が「読まなきゃ」に変わってしまうのだ。 

 

非公開日記ブログ

以前記事にしたように、自分しか読めない日記ブログを書いていた。 

人が考えていることの95%は「昨日と同じこと」

最近はあまり更新しなくなり、自分のなかでは「もういいかな」という気になったのでブログごと削除した。今後書きたくなることがあれば、そのときまた作ればいい。

ノートに書くのと違って邪魔にならないと思っていたが、「人に見られたくないものがある」ということはそれだけでストレスになるものだ。非公開とはいえ、気がかりなものをわざわざネット上に持っておくのはやめようと思う。目的は「書く」ことにあり、「保存する」ことではない。

デジタル遺品問題。自分が死んでも、ブログは残るの?

 

常に新鮮でいること

このブログも旬を過ぎたら消したくなるのだと思う。

そうならないためには、常に新鮮にしておくことだ。 

その方法はもちろん、「書き続ける」ことである。