ミニマリストの小宇宙

ミニマリストの小宇宙

minimalist's microcosm

あの頃オレンジレンジが好きだと言っていた彼女らは今何を聞いているのだろう

 

(去年の10月に書いた記事です) 

 

「好きなアーティスト」を聞かれて、その当時一番人気のあるメジャーアーティストの名を挙げていた、誰の周りにもいたであろう彼女たちの話。

 

わたしは好きなアーティストを聞かれると困る。好きでもないアーティストの名を挙げるのは嫌だし、誰も知らないアーティストの名を挙げて空気をしらけさせるのも嫌だ。質問者は、わたしの音楽の趣味が知りたいわけではなく、何気ない話題として振っているのにすぎないし、ここで社会的な正解を出そうと思えば、メジャーなアーティストの名を挙げて、「わー、わたしも好きー、いいよねー」などと言って共通点から盛り上がるということがベストの展開である。わたしがもっともこの手の質問に出くわした年代、もっとも正解に近い回答は「オレンジレンジ」だった。

 

もし、彼女らの中に、たった一人でも、「今でもオレンジレンジが一番好きなアーティストだ」という人がいたらそれはとても素敵なことだと思うが、おそらくそうではないだろう。彼女たちは「懐メロ」としてのオレンジレンジは大好きかもしれないが、それが「今一番好きなアーティスト」ではない。彼女たちは今何を聞いているのだろう。今一番ホットなアーティスト(残念ながらわたしには例えが浮かばないのだが)か、懐かしのプレイリストか、もしくは、もう音楽などは聞いていないのだろうか。TVや街で流れる音楽を、聞くともなしに聞いているだけなのだろうか。

 

大人になると、10代の頃のようには音楽にのめり込むこともないし(というか、できないのだろう)、「好きなアーティスト」が自分のアイデンティティに直結しているような感覚も薄くなる。あの頃は音楽が今よりもっと身近にあって、ほとんど自分と同化しているような、アーティストの歌詞やメロディが、音楽が自分を形成しているような感覚があった。10代とはそういう時期なのだろうか。それとも、あの時代がそういう時代だったのだろうか。かつて新しい音楽は、銀色の円盤によってもたらされた。いまやそれは媒体としての地位を失い、コレクション的な価値によって取引されている。今の10代は何を聞いているのだろう。その聞き方は、おそらく90年代から00年代というあの時代(CDを買ったり、貸し借りをしたり)とは異なるだろうが、彼らが音楽から受ける影響というのもまた異なるのだろうか。定額制サービスもiTunesもなかったあの頃、音楽にはビジュアルがあった。音楽とCDとは不可分で、あの頃の曲を聞くと、必ずジャケットが浮かぶ。

 

宇多田ヒカルのアルバムをレンタルした。最新作の「Fantôme」を含む6作。特に宇多田ヒカルのファンだったというわけでもないわたしは、2作目まではリアルタイムで聞いていたが、それ以降の作品はちゃんと聞いたことがない。一番古いアルバムのジャケットやブックレットには90年代最後の空気があった。「PHS」という歌詞に時代を感じる。(芸人で大学教授のサンキュータツオ氏の「古典はZIPファイル」という言葉を思い出した。落語や和歌の作品の中に、その時代の生活や空気がそのまま保存されていて、それを解凍することで、その時代を知ることができる。歌の歌詞にも、それに近いものがあるかもしれない。流行の歌にはたいてい、その時代特有の価値観や空気感と、普遍的な感情とが両方入っている。ある時代に「ポケベル」というものがあったこと、それが鳴らないということの意味するところ、そこにある普遍的な感情。)

 

再生してみると、音楽は今でもきらめいて、アレンジはさすがに当時の流行の感じだが、今も輝きを失わない。ところがジャケットは、おどろくほどの古さを感じさせる。当時の最先端、当時もっともクールでカッコイイビジュアル。ファッションやビジュアルはすぐに古くなる。10年前の小説は面白く読めるが、10年前のファッション雑誌などはとても見られたものではない。これは一概に悪いことではなくて、CDジャケットのアートワークというのはまさに「時代」のものであるのだ。

 

CDは古びるためにあるのかもしれない。そう簡単には古びない「音楽」の代わりに、形ある、古びるものとして。もちろん音楽も古くなるが、時代を超えるものも多くある。CDのジャケットに感じる「古さ」は、それとは対照的に、音楽が「古くなっていない」ということの驚きを教えてくれる。いつか「Fantôme」のジャケットに古さを感じるときが来たら、音楽はどんな風に聞こえるだろう。そのときわたしは、オレンジレンジが好きだった彼女たちは、何を思うのだろう。アーティストと共に年齢を重ねたわたしたちが感じることは、おそらく、単なるなつかしさだけではないだろう。

 

Fantôme

Fantôme