ミニマリストの小宇宙

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ミニマリストの小宇宙

minimalist's microcosm

あるうちは大事にする。なくなったらあきらめる。

 

ある会話の中で、「あるうちは大事にする。なくなったらあきらめる」という言葉を聞きました。

 

個人的には好きな考え方です。いろんなことに当てはまると思います。

持ち物もそうだし、若さとか、健康とか、人間関係にも多少そういう面があるかもしれません。

 

お金は使えばなくなりますが、経験はなくなることはありません。

もしかすると、簡単に「なくなる」ものや、なくなっても再び簡単に得ることができるようなものは、本当の資産ではないのかもしれません。

 

お金や持ち物は、言ってしまえば単なる「所有物」なので、やりとりができます。売買の取引をしたり、誰かにあげたり。自分の持っている量は、それに応じて増減します。

知識や経験や健康や身体能力は、自分という存在と不可分です。これらは譲渡ができません。それらを使ってお金を稼ぐことはできても、完全に譲り渡すことはできないのです。また、経験を誰かに話して聞かせたとしても、自分の経験が減ることはありません。健康や身体能力については加齢などで徐々に失われていく面がありますが、知識や経験という資産は、どんなに分け与えても自分から失われることはないのです。

しかしこれらも失うときが来ます。それらと不可分であった「自分」がなくなるときです。

反対に、お金や持ち物は、「自分のもの」ではなくなりますが遺産や遺品として残ります。それらは本質的には自分とは別のもの、切り離せるものだからです。

 

命は、一度失うと、再び手に入れることはできません。

自分の命は、「あるうちは大事にする。なくなったらあきらめる」の最たるもののような気がします。

 

いちばん大事なものはすでに持っている。

そして、いつか必ずそれを失うときが来る。

 

冒頭は髪の毛の話題でしたが、いろいろ考えさせられる言葉でした。