ミニマリストの小宇宙

ミニマリストの小宇宙

minimalist's microcosm

世の中の不正に対してあまり怒りを感じなくなっている

 

どこかの学校で、勤務実態のない職員に高額の給与を支払っていた、ということがわかり、ニュースになっていた。

 

世間はこれに憤慨しているらしい。もちろん、本気ではらわたが煮えくり返っている、というわけではないだろうが、「けしからん」というポーズをとっている。

 

我々庶民は薄給で一生懸命に働いているのに。

「庶民」ではなさそうな芸能人が言う。

 

わたしもかつてはこのような「不正」に対して憤りを感じていた。しかし今ではあまり怒りを感じなくなっている。そんなことにまでいちいち目くじら立てるのはエネルギーの無駄遣いだ。この件についてのわたしの感想は、「勤務実態がないというが、そのような老害は職場に来ない方がかえって現場はやりやすかろう」というものだった。特権階級は出勤したって退職したってどのみち高給取りなのだから、家でおとなしくしていてくれるならその方が良い。

 

人々がなぜこの手のニュースに怒りを感じるのかというと、不公平でずるいからだ。

一部の特権階級が資産を独占している。だから我々庶民の生活は苦しい。

懸命に働く我々の一方で、たまたま特権を手にして働かなくても遊んで暮らせる人がいるなんて許せない。

 

この世は完全に公平にはできていない。冨の分配も平等ではない。

彼らが儲けたからといって自分の取り分が減るわけではない。

これがもともとの自分の冨なのだ。

彼らには劣るが、今日生きられるかわからない、というわけではない。

豪邸に住みたいならこれではとても足りないが、そんなことは望んでいない。

 

生活は本当に苦しいのだろうか?

お金は本当に足りないのだろうか?

 

上を見るから不幸になる。足りないと思う。ずるいと感じる。

大富豪の家には生まれなかったかもしれないが、日本のごく一般的な家庭に生まれた。食べることには不自由しないし、パソコンやスマートフォンだって持っている。

世界を見れば、それだけで十分に豊かな方に入る。

 

足りないわけではない。

わたしは十分に持っている。誰かより少ないが、誰かより多い。

 

スティーブ・ジョブズのような人がお金を儲けることに文句のある人は少ないだろう。彼はそれだけのことをした。このような不正に対する怒りというのは、端的に言うと「納得できる理由もないのに、あの人は自分よりももっとたくさんもらっていてずるい」ということなのだと思う。

 

理由。たまたま特権に生まれついたことがその理由である。

資産家の家に生まれた。コネクションがあった。容姿が麗しかった。時代が好景気だった。

そんな理由では納得できないかもしれないが、そういうものだ。

 

この世界は不公平なのだ。

豊かな現代日本に生まれたことを、戦禍の少女に「ずるい」と言われたら、何も言えない。

彼女ではなくわたしが、恵まれた環境に生まれた理由を、納得できるように少女に説明することはできない。