ミニマリストの小宇宙

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ミニマリストの小宇宙

minimalist's microcosm

好きなもの、貴重なものを手放すことについて

 

少し前に、本が2冊だけになったと書きましたが、さらに1冊手放したので持っている本は1冊になりました。

 

astudyinscarlet.hatenablog.com

 

好きな本を手放す

好きな本を手放すと、誰かがそれを読むかもしれません。

「古本屋で手に取った本が面白かった」ということがありますが、この出会いは、誰かがその本を手放したからあったことです。

 

本のようなものは、社会で循環するのが本当に豊かな社会だと思います。

読みたくなったら、本屋でも古本屋でも図書館でも、また手に取ることができる。

それまでの間、本棚に置いて埃をかぶらせるのではなく、社会に返すのです。

貸す、とか、預ける、と考えても良いです。

本は自分のものではなく、もともと借りていただけ、という考え方もできます。

好きな本でも、ずっと自分で持っておく必要はありません。

「本」は、「公共財」にかなり近いのではないかと思います。

 

貴重なものを手放す

今回手放したのは絶版本です。ホセ・ドノソの「夜のみだらな鳥」。

どうしても読みたかったのでAmazonでそこそこの値段(定価の4倍くらいでした)で買いましたが、それでも買って良かったと思えるすごい本でした。

 

世界の文学〈31〉ドノソ/夜のみだらな鳥 (1976年)

世界の文学〈31〉ドノソ/夜のみだらな鳥 (1976年)

 

名門アスコイティア家に、待ち望まれていた嗣子《ボーイ》が誕生した。だが、その子はふた目と見られぬ畸形だった。奇妙な彫像や異様に剪定した倭木、国中から集められたあらゆる類の不具者で埋まり、美と醜が完全に逆転した屋敷が《ボーイ》のために用意される。

 

この紹介だけでも惹かれるのですが、これはこの本のほんの一部です。

体の九つの穴を縫い塞がれた化け物「インブンチェ」のモチーフが全体に漂い、現実も幻想も夢も時系列も何もかもが縦横無尽に入り乱れ、語り手の視点はあまりにも自由自在。過去や未来に自在に移動したり、ごく自然に全く別の人物や物の視点で語りだしたり。この説明ではちょっと何言ってるかわからないかもしれませんが、わたしの語彙では説明できません。あらすじをまとめることさえ困難です。絶版でなくなって、もっと気軽に手に取れるようになると良いのですが。

 

読み返さない絶版本を自分の本棚に置いたままにするということは、他の人がその本を読む機会を奪っているということでもあります。

 

もちろん、自分にとって必要なら持っていていいと思います。ですがわたしの場合は、読み返したりするわけでもないのに、「絶版だから、また読みたくなったときのために一応持っておこうかな」という気持ちから手放すのを先延ばしにしていただけでした。これは「大事にしている」のとは違います。

 

この記事で書いている「手放す」というのは、ゴミとして捨てることではなく、「自分のものとして独占することをやめて、欲しい人にまわす」というイメージです。

この本は、本来、わたしなどがいつまでも持っているよりも、読みたい人に回すべき本なのです。

 

貴重だから手放せない、ではなく、「貴重だからこそ」手放す。

独占欲は執着の最たるものではないかと思います。

 

手放したからといって金輪際読めなくなるわけではありませんし、他の本を読む機会もたくさんあります。

本に限ったことではないですが、「所有」にこだわらず柔軟でいたいです。