ミニマリストの小宇宙

ミニマリストの小宇宙

minimalist's microcosm

季節ごとの「ワードローブ」から自由になる

 

これまで夏のワードローブや冬のワードローブを紹介していましたが、春や秋や季節の変わり目の服にはあまり触れないできました。

この時期はいつも、あるものを着て適当にやり過ごし、本格的に暑くなったり本格的に寒くなったりするのを待ちます。

少しの期間しか着ない服を持つのが嫌だったからですが、考えてみれば真夏と真冬以外はずっとこの時期であり、決して「短い期間」というわけでもないのです。

 

ワードローブを考えると、わたしの場合ですが、ワードローブそのものの美しさや調和を求めてしまいます。

しかし本来ワードローブは作るものではなく、自然にできるものなのではないかと思います。

着る服を選んだ結果がワードローブであり、ワードローブのために服を着るわけではないのです。

調和のとれた美しいワードローブを作っても、「今日着る服」がないのなら何の意味もありません。

見えるのは「今日の服」だけです。

クローゼットにどんな服があるかなど傍目にはわからないのですから、ワードローブそのものの美しさというのは自己満足に過ぎません。

 

真夏と真冬以外に着る服をもう少し持つようにしようと思います。

そして季節の括りを設けるのをやめようと思います。

季節ははっきりと4つに分けられるわけではありませんし、「今日までは冬、明日からは春」というような明確なものでもありません。

 

雑誌などでは春は春らしい服装をしなければいけないかのように言われますが、同じ春でも、まだ肌寒さが残る日から、ほとんど夏のような日差しの日まであります。

 

言葉やイメージにとらわれず、その時期にいちばん心地よく気分が良い装いをするのが良いのではないかと思っています。