「コーヒーというのは、冷めていく過程を楽しむものだよ」
店はあか抜けないが、美味いコーヒーを出す喫茶店だった。
わたしは熱いコーヒーが好きだ。
冷めたコーヒーなんて飲む気がしない。
酒も煙草もやらないわたしの唯一の嗜好品が、熱いコーヒーなのだ。
冷めても美味い、なんて、弁当のおかずじゃあるまいし。
そのときはとても信じられなかったが、それから数年経った今ではその意味がよく分かる。
ジャンクなコーヒーの場合は、熱い方が旨いし、冷めたものは不味くてとても飲めない。
ところがドリップしたコーヒーの場合は、たしかにその通りであったのだ。
本当に美味いコーヒーというのは、冷めても美味いのである。
わたしは熱いインスタントコーヒーを流し込むことはすっかりしなくなった。
高いものではないが、ドリップしてコーヒーを淹れている。
淹れたても美味いが、すこし冷めかかった頃がいちばん美味い。
冷めないうちに、なんて急ぐ必要はないのだ。
だんだん冷めてゆく一杯を、時間の経過を、ゆっくり味わう。
冷めたコーヒーも、案外悪くはない。