ミニマリストの小宇宙

ミニマリストの小宇宙

minimalist's microcosm

根をもつこと、翼をもつこと

 

ほんの少し体を使う仕事をしたのだが、そのせいで背中がひどく痛い。

日頃の運動が著しく不足しているせいである。

 

風呂場の鏡で背中を見る。

息をするだけでも痛むのに、見た目には何の変化もないので不思議な感覚になる。

あんまり痛むから、そろそろ羽根でも生えてるんじゃないかと思った。

 

願いごとが叶うならば翼が欲しい、なんて歌があったが、

もしも朝目が覚めて翼が生えていたなら、わたしが願うたったひとつのことは「元に戻して欲しい」というものになるだろう。

 

空を飛びたいなどとは夢にも思わない。

翼なんて邪魔だ。

服の下でかさばるだろうし、羽根が舞って部屋の掃除だって大変に違いない。

温泉にも入れないし、ちゃんと乾かさないと、濡れた翼のままでは風邪を引くかもしれない。

 

願いごとが叶うなら今は休息が欲しい。

横になって休むのに邪魔だから、やっぱり翼なんて要らない。

 

 

ところで、「翼」で思い出した本がある。

田口ランディの「根をもつこと、翼をもつこと」だ。

 

 

根とはルーツだ。ルーツのない人間はいない。誰もが誰かの子供であり、親にはその親がいて、またその親がいて…延々と過去へと繋がっている。

翼とは意識だ。飛翔し、想像する力。イメージし、自由に夢想する力。

 

たとえ私が限りなく変わり続けようとも、根があるから戻ってこれる。

たとえ私がある場所に縛りつけられても、翼があれば自由だ。 

 

 

「根」はルーツ、「翼」は想像すること。

本の内容は覚えていなくても、「根があるから戻ってこれる。翼があれば自由だ」という帯のフレーズがとても印象的だったことは覚えている。

 

背中に本物の翼が欲しいとは思わないけれど、意識の翼は持っていたい。

際限なく広げられる翼は、空を飛ぶよりずっと自由だ。