ミニマリストの小宇宙

ミニマリストの小宇宙

minimalist's microcosm

「時間を奪うもの」を断ってみる

 

(今年の2月に書いた記事です)

 

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ラジオが好きで、ほぼ毎日聞いていたのですが、数日前から一切聞くことをやめました。

 

時間がなくなるから、というのがその理由です。

 

少し前に、タイムフリー(タイムシフト)機能というものが始まりました。1週間分の番組が遡って聞けるという、なかなか革命的な変化です。テレビは録画できますが、ラジオだと、仕事に行っていたり寝ていたりする時間帯のものはなかなか聞くことができません。自分の生活スタイルによって「聞ける番組」は自ずと決まってしまいます。それがいつでも好きな時に好きなものを聞ける、ということで、これまでたまにしか聞くことができなかった平日や深夜の番組を存分に楽しみました。

 

「聞ける」となると聞きたくなるのが人情。これまで当たり前だった、「聞き逃す」ということができなくなってしまいました。

 

それまでは、好きな番組でも聞ける時にしか聞いていなかった(というか、聞けなかった)のですが、しだいにノルマのように番組を消費するようになりました。「聞ける」からといってすべてを聞く必要なんて全然ないのですが、好きな番組は全部聞かないともったいない、という気になってしまうのです。部屋にいるときはほぼ何かしらのラジオ番組が流れていました。

 

ラジオだから、聞きながら何か作業しようと思えばできないこともありません。ただ、パフォーマンスは著しく低下します。本当に単純な作業であればできるのですが、少しでも言語が入る作業だとラジオの声という言語情報はたいへん邪魔になるのです。

(聞きながら掃除をしたり食材を切ったりすることはできるのですが、レシピを読んだりすると途端にどっちつかずになります。聞きながらブログを書いたり読んだりすることも、とても効率が悪いです)

そのうえラジオの内容もたいして耳に入っていません。作業ははかどらないし、番組を楽しむことすらできていない。どちらも中途半端で、もはや何のために聞いているのかわからない状態になっていました。わざわざ自分で自分を邪魔しているようなものです。

 

そこで「ラジオを聞く」という行為を「ながら作業でなく」生活に取り入れようとしてみたのですが、そうすると全然時間がない。他のことを削れば時間は作れますが、そうまでして時間を作る価値があるのか、と考えると、優先順位を疑うようになりました。

ラジオは好きだけど、あくまでも「生活の中のちょっとした楽しみ」であって、そんなに必死に追いかけるのはちょっと違うよなあ、と。

 

やめると言ってもストイックなことではなく、「ちょっと一旦やめてみるか」という感じです。アプリもアンインストールしましたが、金輪際やめる、という決意をしたわけではありません。聞きたければいつでも再開できます。

 

もちろんこれは「便利なサービスを得たけれど、うまく使いこなすことができない」というわたしの問題です。便利なものも、使い方次第。

 

定額制サービスの「見放題」「聴き放題」って実は間違った認識なのかもしれない