ミニマリストの小宇宙

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minimalist's microcosm

「習慣を断ち切る」方法

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astudyinscarlet.hatenablog.com

 

今年の1月から、ラジオを全く聴かなくなった。これまで四六時中ラジオを聴いているような生活だったから、多少はさみしくなるかと思ったが、何のことはない、至って平気で楽しく忙しく過ごしている。結局これも習慣なのであろう。

 

習慣、特に悪い習慣を断ち切ることについては、いろいろの自己啓発本が黙っていないところである。

(ラジオを聴くのが悪い習慣だという気はない。TVもゲームも同じで、それ自体が悪いわけではなくて程度の問題だ)

 

酒や煙草をやめるとなるとまた少し違うかもしれないが、スマホのゲームをやめたいとか、テレビを見るのをやめたいとか、そういう類のことは、これと同じ方法が有効かもしれない。

 

いささか逆説的ではあるが、「習慣を断ち切る」のに一番良い方法は「習慣を断ち切る」ことである。

 

ちょっと減らそうとするから辛いのだ。段階を踏んで徐々に減らしていくのではく、とにかく一度思い切ってすっぱりやめてしまうのである。 少しづつ、なんて思っているといつまでもだらだらと続けてしまう。

 

例えばテレビは、いつもテレビを見ている人、テレビの文脈がわかる人にとって面白いようにできている。テレビを面白いと思うためには、ある程度テレビを見ていないといけないので、一度離れると、面白いと思わなくなるのだ。これはラジオではさらに顕著である。わたしはやっていないが、SNSやスマホのゲームなどもおそらく同じではないかと思う。 

 

「ドーナツを1日3つ食べる習慣」が「ドーナツを1日2つ食べる習慣」になることは、一見進歩に見えるが、「習慣」という意味では同じように強力なのである。どんなに量を減らしても、接点があるかぎり習慣は続く。

 

「減らす」ということは、強力な習慣の中にありながらときおり「我慢」を挟むということである。

 

反対に、きっぱりやめるということは、その習慣の中から完全に抜け出すことである。その対象に触れている時間がなくなれば、思い出すということも次第になくなっていく。「我慢している」感覚がないので、こちらの方がかえって楽なのだ。

 

一度きっぱりやめてしまうと、それが全くない世界を過ごすことができる。これが強力な新しい習慣となるのだろう。

 

 

ここであることに気が付いた。

「新しい習慣を身に付ける」ことは、もしかすると、「すでに身に付けた習慣をやめようとする」ことよりも簡単で効果的かもしれない。

 

たとえば、「いつも会社帰りにコンビニに寄ってお菓子を買ってしまう」という人がその習慣をやめたい場合、「寄り道をやめる」とか「お菓子を買うのをやめる」とか、「悪い習慣をやめる」ということを考えがちであると思う。

そうではなくて、「まっすぐ帰る」という新しい習慣を身に付けるのはどうだろう。

 

「やめる」のではなく、「塗り替える」。

 

やっていることは同じでも、考え方を変えるのだ。

習慣の強力さを逆手にとる、こんな方法もありかもしれない。