ミニマリストの小宇宙

ミニマリストの小宇宙

minimalist's microcosm

・ミニマリストの小宇宙・

「ToDo」と「Being」、2種類のミニマリスト

 

 

 

「モノややることを減らした分、大事なことに集中する」。

 

ミニマリスト系の本やブログでよく聞く言葉です。

 

ですが、特に集中すべき「大事なこと」があるわけではない、という人もいらっしゃると思います。

 

 

 

 

目的を持たないミニマリスト

 

 

わたし自身も、あらゆることを削って削って、とにかくコレに一点集中、みたいな目的は特に持っていません。

 

本当に人生のリソースを全てつぎ込みたい「大事なこと」がもしあるのなら、こんなブログをいつまでも続けているはずがありません。

 

 

これに対して、

「目的のためのミニマリズムであるべきなのに、減らすこと自体が目的になっている」、つまり、「手段が目的化している」といった意見があります。

 

わたしも含めてですが、この手のブログは「コレ買いました、コレ捨てました、モノが少ないっていいですねー」という話が大半ですから、

「そうやっていつまでも買ったり捨てたり繰り返してるだけだよね? モノを捨てるのなんて早く終わらせて、その "自分にとっての大事なこと” をすればいいんじゃないの?」と思う人がいても不思議ではありません。

 

↓ このことについて3年以上前に書いた稚拙な記事です。今も稚拙ですが。

 

astudyinscarlet.hatenablog.com

 

目的はありません。ただ、今この瞬間を、心地よく生きたいと思っています。そのためには、モノを捨てることも厭いません。

 

 

この記事には、言いたいことをすべて言い尽くせていない感じがありました。

そもそも自分の中でも漠然としか認識できていなかったのだと思います。

 

 

「to do」と「being」、2種類のミニマリスト

 

このことを、鮮やかに開いて見せてくれた本があります。

仕事について書かれていますが、他のものに当てはめても同じことが言えると思います。

  

 

 

 

「何をするか」を重視する「todo型」と、

「どんな状態でいるか」を重視する「being型」の人間がいる、という部分。

 

・todo(コト)に重きをおく人間

何をするのか、で物事を考える。明確な夢や目標を持っている


・being(状態)に重きをおく人間

どんな人でありたいか、どんな状態でありたいかを重視する

 

ここで強調しておきたいのが、「99%の人はbeing型である」ということです。

 

「to do型」の人はわずか1%。

これは、それこそイチローやスティーブ・ジョブズに代表されるような人達ではないでしょうか。

 

 

3年前の記事には、「目的はない、心地良く生きるためにモノを捨てる」と書いています。

これはまさに、状態に重きを置く「being型」です。

 

ミニマリストにも、目的のための「todo型」と、心地よい状態のための「being型」があると言えそうです。

 

 

todo型に自称ミニマリストはいない

 

しかし、実際には、「todo型」のミニマリストはほとんど存在しません。

もともと「todo型」の人が少ないということもありますが、そういう人は、わざわざ「ミニマリスト」なんて言わないからです。

 

夢や目標のために他のものをそぎ落として、一見するとミニマリストのような生活をしている人達というのは、「ミニマリスト」なんてどうでもいいでしょうし、自分がそうだという意識もないでしょう。

 

モノを持たないことについてブログを書いているような人はほぼ「being型」ではないかと思います。

 (「to do型」はブログなどにかまけていないでしょうし、書くとしてもその内容はモノを減らす話ではなく、その夢や目標に関するものになるのではないでしょうか)

 

「ミニマリスト」を目指したり自称したりする人というのは「being型」です。

ミニマリストは2種類に分けられるけれど、その実ほとんどが「being型」なのです。

 

「少数のお気に入りだけを持つ丁寧な暮らし」みたいなものを目指している人も、それが人生で絶対にやり遂げたい究極的な目的、というわけではないと思います。

 

それは「人生の目的」ではなく、「理想の状態」なのです。

(これは別に、それを求めるのが無意味だということではありません)

 

「崇高な目的もないのにただモノを捨てミニマリストなんて言って悦に入っているだけだ」などという意見については、自称のミニマリストに目的を求めるということが、そもそもそぐわない話なのです。

強いて言うなら、「心地よい状態のため」というのが目的と言えそうですが、それは「to do型」の目的とは本質的に異なるものです。

毎日同じ服を着る、ということひとつとっても、「迷わずに済んで楽だから」「自分の定番があるのが心地よいから」という理由ならbeing型、スティーブ・ジョブズやアインシュタインのように、「服を選ぶ時間や意志力さえもつぎ込みたい明確な目標があるから」というのが理由ならtodo型です。

 

繰り返しになりますが、目的のある人は、ミニマリストを自称することはありません。

そういう人にとっての関心は、ミニマリズムではなく、その目的の方にあるのです。

 

 

99%側の人間としてのミニマリズム

 

自分は99%の方の人間だと認めることは、人によっては抵抗を感じるかもしれません。

 

ですが、「本当はbeing型であるにも関わらず、todo型の真似をしようとして苦しんでいる人」はたくさんいるのではないかと思います。

(これは自己啓発の功罪とも言えますが、自己啓発は、「やりたいことを仕事にしよう」「好きなことで稼ごう」などという言葉で、99%の普通の人々にプレッシャーをかけ続けています) 

 

どうしても譲れないくらい「好きなこと」など、ほとんどの人間にはない

 

99%の人間は「心からやりたいこと」という幻想を探し求めて、彷徨うことが多い。なぜなら、世の中に溢れている成功哲学は、たった1%しかいないto do型の人間が書いたものだから 

 

 

わたしは1%の方の人間ではありませんでした。

しかしながら、ミッションを持たない人間であっても、楽しく生きることはできます。 

 

  

わたしの場合、何かを減らすのは、別の何かを詰め込むためではありません。

 

身の回りや頭の中がすっきりしていること。

身軽であること。

 

こういう「心地良い状態」のためだと思っています。

 

 

漠然と思っているのと、人に説明できるまで言語化できるのとでは、似ているようでまるで違います。

 

 

私は「todo型/being型」の部分を読んで、ずっと抱えていた消化不良が解消されていくような感覚になりました。この目に鱗があるのならボロボロ落ちたことでしょう。

カタルシスと言ってもいいほどです。

 

坂口安吾の「日本文化私観」にも感じたことですが、自分が漠然と持っていた思いを鮮やかに言語化される体験というのは、本を読んで良かったと思う瞬間のひとつです。

 

astudyinscarlet.hatenablog.com

  

  

モノを捨てることに明確な目的なんてなくていいし、ないのがふつうなのです。

 

不要なものを捨てること、

持ち物を見直すこと、

すっきりした空間にすること、

見た目が整っていること、

スケジュールに圧倒されていないこと、

 

明確な目的なんてなくても、

「それが心地良い状態をつくる」、それで十分ではないかと思います。

 

 

好きなことがあるということは素晴らしいことだ。だが、ないからといって悲観する必要はまったくない。何故なら、『ある程度やりたいこと』は必ず見つかるからだ。そして、ほとんどの人が該当するbeing型の人間は、それでいいんだ

 

 

自分にとって心地よい状態で、

「ある程度やりたいこと」であるブログや読書やコーヒーブレイクを楽しむ。

 

スティーブ・ジョブズになれないことに思い悩むより、

堂々と「Being型」を貫いてみる方が楽しく生きられるのではないかと思います。