minimalist's microcosm

ミニマリストの小宇宙

お金を使わなくなって、変わったこと、気付いたこと

 

 

 

astudyinscarlet.hatenablog.com

  

クレジットカードを使うようになって、

これまでお金に抱いてきた幻想が、なくなったような気がしています。

 

お金は神聖なものだと、どこかで思っていたかもしれません。

 

ですが、今は、ちゃんと「モノ」に見えます。

 

お金、数字としてのお金ではなく、「紙幣」や「小銭」は、やはりモノなのだな、と。

 

お金はきれいではありません。

道徳的な話ではなく、いろいろな人の手を渡り歩いているものだから、それなりに汚れています。

自分の持ち物は自分しか触りませんが、お金だけは、そうではないのです。

 

 

これまでも、外国のお金にはどこか「ごっこ遊び」のようなバーチャルな感じを抱くことがありました。

この紙にいくらの価値があって、商品やサービスと引き換えにできるということに、実感がともなわなくて、ゲームの中でお金をやりとりしているような感覚でした。

 

その感覚を、日本円についても感じるようになってきています。

 

今、1000円札は、お金ではなく「1000円分の引き換え券」という感じで見ています。

 

これそのものがお金、ではなくて、わたしのお金は、あくまで銀行口座にある数字。

1000円札は、その代替物。

 

現金は、クレジットカードなどの決済手段が使えない場合に、決済をするための道具。あくまでも引換券です。 

 

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ただ、究極を言ってしまえば、どんな姿をしていても、お金は引換券です。

 

銀行口座の数字は、それがいつでも紙幣と引き換えられる、ということを意味していますが、いちいち紙幣に変えることをしなくても、振込などで直接数字をやりとりすることができます。

そうすると、「紙幣に変える」という段階は次第に駆逐されていきます。

ゴールドと引き換えできる紙幣そのものを、いちいちゴールドに変えずにやりとりするように、

口座にある数字そのものを、紙幣を介さずやりとりするのです。

 

お金の本質は決済手段であり、その方法は次第に洗練されてきています。

キャッシュレスは当然の流れです。

 

お金というものは、そもそもバーチャルなのです。

 

 

金本位制が崩れた時点で、給料が銀行振込になった時点で、このことに気が付くべきだったのかもしれません。

 

わたしは「現金をあまり使わなくなったこと」で、むしろお金の本質が見えてきたような気がしています。

 

近すぎると見えないものも、少し距離を置いてみると新鮮な発見があるものです。