minimalist's microcosm

ミニマリストの小宇宙

モノを捨てるということは

 

 

 

 

シンプルライフ的なことを考えるようになって、10年ぐらいになります。

 

10年経っても、まだ過程です。 

というより、終わりはないのだと思います。

生きている限り、完成形はない。

シンプルということは、単純なようで本当に奥が深いです。

 

 

ブログなど見ていると、ここ数年でミニマリストになったという方が非常に多いと思うのですが

「捨てて良かった!」「人生変わった!」「こんなメリットがある!」等々

テンション高めだと感じます。

 

これに少しだけ違和感というか、不思議さを感じていました。

わたし自身は、断捨離をするとどんどんおだやかになっていく、というのを実感しているからです。

 

 

しかし気が付いたのです。

わたしも昔はテンション高めだったことに。

その頃はブログを書いていなかったので、忘れていました。

 

 

モノを大量に捨てた直後というのは、軽い興奮状態だと思います。

モノを捨てることは、自分がモノをコントロールすることであり、それはある種の力というか、そういうものを感じさせてくれます。全能感みたいな感じです。

 

モノを捨てることは、お金を使うことと同じく、自分の力を誇示する行為です。

だから、最初の数年はテンション高めになる、ということかもしれません。

そのパワフルさは、少しうらやましくもあります。

 

 

ところで、「テンション」というのは「緊張」という意味です。

弦がピンと張っているようなイメージです。

 

f:id:astudyinscarlet:20180725122024j:plain

 

 

昂揚していると気が付かないものですが、ずっと緊張状態でいることは苦しいですから、これをゆるめる必要があります。

 

といっても、当時はこんなこと分からなかったし、熱に浮かされたように、もっと捨てたいもっと身軽になりたいと思っていました。

 

 

今、私がおだやかでいられるのは、時間が経って、自然と緊張がゆるめられたからかもしれません。

楽器の弦をときどき張りなおすのは、放っておくとゆるんでしまうからです。

人でもモノでも、緊張状態というのは、長くは続かないのです。

 

 

モノが少ないことが普通になれば、そのことにいちいち昂揚したりしません。

しみじみと、やはりモノが少ないことはいいなあと思うことはあります。

ですが、それはもう劇的変身の「アフター」ではなく、ふつうの日常なのです。

 

今の私がモノを捨てるときに感じているのは、モノをコントロールしている全能感ではなく、「自分にはこれはもういらないな」という、ひとつしがらみを手放すような感覚です。

 

そこにあるのは昂揚感ではなく、おだやかな充実感です。