minimalist's microcosm

ミニマリストの小宇宙

なんていうか、必要だった。

 

 

 

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マチネの終わりに (文春文庫)

文・堺雅人 (文春文庫)

 

 

「爆買い」をした

 

買ったのは本だ

 

一度に全部買ったわけではないが

数えてみたら25冊あった

 

100円の古本も新品の本もあるが

 

ほとんどが日本人作家の現代小説だ

 

 

蔵書家の方などからすると

25冊などかわいいものかもしれないが

私は本をとっておかないので

手もとにある本というのはたいてい10冊もない 

 

それが一気に増えた

ひととおり読んだらまた減るのだろうと思う

 

 

 

私はいわゆる「本の虫」や「活字中毒」というのではない

 

本を読むことは好きだが

 

「読まずには生きていけない」と

大手を振って公言するほどではない

 

読書熱にも波があって

たくさん本を読む時期もあれば

まったく読まない時期もある

 

 

これまでの人生の中でも空前の

「本を読む時期」にある

 

こういう通過儀礼は思春期にでも済ませておくべきなのかもしれないが

 

 

今はすごく

本を「欲して」いる

 

ためになりそうとか

面白そうとか

これを読んでいたら知的に見えるかもとか

有名なタイトルだから押さえておきたいとかいうのでなく

 

とにかく空白を埋めるように欲している

 

 

astudyinscarlet.hatenablog.com

 

 

astudyinscarlet.hatenablog.com

 

 

 

今欲しいのは

知識や表現や文体というより

本の中の誰かの

感情や価値観や物語で

 

図書館も青空文庫も積読本も

読むものは無限にあるのに

 

「読む本がなくなる」ことを恐れるかのように

本を買った

 

 

おそらくだが

今私が欲しているのは「他者」だ

 

自分ではない誰かの

感情や価値観や物語だ

 

 

これには

先の経験が無関係ではない 

 

astudyinscarlet.hatenablog.com

 

 

 

恥ずかしながら

これまで私は

自分にしか興味がなかった

 

他者への興味というのは

その大部分が「自分はどう見られているか」ということであり

純粋な興味関心ではなかったように思う

 

自分や自分の世界が一番大事で

ひとりの時間が大切で

SNSやなんかで煩わされるのは嫌だった

 

今は自分の世界を構築することより

自分以外の人のことをもっと知りたいと思う

関わり合いたいと思う

 

 

おそらく「読書」はその延長にある行為で

だからこそ

いつもは選ばないような

「恋愛」や「青春」や「家族」のような作品を多く選んでいるのかもしれない

 

 

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このときの私にとって読書は

なんていうか、「必要」だったのだと思う

 

本を読む時間を作ろうなどという努力は一切しなくても

いくらでも読めるし読みたい

 

 

逆説的にはなるが

つまり本というのは読みたくなければ別に読む必要なんてないということだろう

 

 

サマセット・モームも

 

作り物の話を読まねばならぬ義務など、どこにもないのである。

 

と言っている

 

 

astudyinscarlet.hatenablog.com

 

 

 

読書が必要であるという人にとっても

人生のどの時点においても等しく必要であるというのでなく

ある時点において「特に必要である」ということが起こるのではないかと思う

 

 

読書というのは

 

雨の日の傘のように

冬の日の手袋のように

 

時と場合によって「必要になることがある」ものなのかもしれない

 

 

astudyinscarlet.hatenablog.com